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2026.08.26|お知らせ

バート・マンローの記録から、今日で59年

1967年8月26日、ボンネビル・ソルトフラッツ

ヘルメットとゴーグル姿のバート・マンローの白黒写真、塩の平原にマシンと並んで立つ本人、そして赤い流線型のマンロー・スペシャルを組み合わせた写真

59年前の今日、ニュージーランド出身のバート・マンローが、ユタ州の塩の平原で 184.087mph(約296km/h) を記録しました。インディアンモーターサイクルは、これを現存する世界陸上速度記録としています。

乗っていたのは、1920年式のインディアン・スカウト。当時のマンローは68歳でした。

三つの数字

  • 184.087mph ── 樹立した速度記録(約296km/h)
  • 68歳 ── 記録破りのライドに出発したときの年齢
  • 1920年 ── 彼が改造し続けたスカウトが製造された年

627台目のスカウト

マンローが手に入れたのは、アメリカの工場から出荷された600ccスカウトの627台目にあたる一台でした。カタログ上の最高速度は55mph、約89km/hです。

それでは足りませんでした。資金も設備もないまま、昼夜を問わず手を入れ続け、車体は少しずつ別のものになっていきます。やがてその一台は「マンロー・スペシャル」と呼ばれるようになりました。

1940年代にはニュージーランド国内で次々と陸上速度記録を樹立し、1950年代に入る頃には、国内のコースでは対応できないほど速くなっていました

走る場所がなくなって、ボンネビルへ

そこで彼が掲げた目標が、ボンネビル・ソルトフラッツで走ることでした。アメリカ・ユタ州に広がる、地平線まで白い塩の平原です。

ニュージーランドから塩の平原まで、愛車を担いで9回。そのうち3回で世界記録を樹立しています。

10分走るごとに、分解して組み直す

1967年、マンローは最後のボンネビル挑戦に臨みます。この頃の車体は数え切れないほどの特注部品でできていて、10分走行するごとに分解・整備・再組立が必要な状態でした。

その執念が形になります。公式記録184.087mph(約296km/h)。さらに非公式ながら205.67mph(約331km/h)を記録しました。

1920年式のスカウトが出した数字です。2006年、バート・マンローはAMA(アメリカモーターサイクリスト協会)のモーターサイクル殿堂入りを果たしました。彼が約80年前に抱いた「もっと速く走りたい」という願いに対する栄誉でもあります。

この物語は2005年の映画『世界最速のインディアン』でも描かれています。ご存じの方も多いかもしれません。

そのスピリットを受け継ぐ 101 Scout

赤いインディアン 101 スカウトが乾いた大地を走り抜けていくところ。ライダーは黒いレザースーツとヘルメット

現行のスカウトシリーズで、いちばん走りに振られているのが 101 Scout です。名前は、マンローが乗っていた時代のスカウトから来ています。

  • 特別にチューニングされた1,250cc 60度Vツイン「SpeedPlus」、最高出力111HP
  • 伸側・圧側の減衰力調整とプリロード調整を備えた、フルアジャスタブルの前後サスペンション
  • ラジアルマウント式のBrembo製4ポッドキャリパー「M4.32」
101 スカウトのエンジン部。赤いタンクの下に黒く仕上げられたVツインがあり、中央にインディアンのエンブレムが入る
101 スカウトのリアショック。金色のリザーバーと黒いスプリング、奥にブレーキディスクが見える

クルーザーの常識からすると、足まわりもブレーキも過剰なくらいです。速く走りたい、という一点で組まれた一台だと思っていただければ、それほど外れていません。

塩の平原で68歳が出した数字と、いま店頭に並ぶ一台。59年をはさんで、考えていることは案外変わっていないのかもしれません。


101 Scout の実車は
インディアンモーターサイクル各店でご覧いただけます。

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